« 手塚治虫 on iPhone | Main | ついにプラハへ出発! »

2009.04.20

KEINISHIKORI.COM

僕はテニスが大好きだ。
といっても、プレーしたことは一度もなく、もっぱらテレビ観戦。 なかでも一番熱心に応援していたのは、伊達公子とシュテフィ・グラフ。もう十年以上も昔のことだが、僕はこの2人のテニスプレーヤーが大好きだった。

なので、この2人がたまたま試合で当たったりした時はもう大変だった。

なんといっても忘れられないのが、1996年、有明テニスの森公園で行われたフェド杯。話によれば、グラフは伊達との試合を簡単にかたづけてその日のうちのドイツへの帰国フライトを予約してあったらしい。ところがグラフは結局このフライトには乗れない。それどころか、痙攣する足をひきずって食い下がってくる伊達に、なんとフルセットの死闘の末に敗れたのである。1996年4月28日のことだった。

そしてその約2ヶ月後。場所はウィンブルドン・センターコート。女子シングルス準決勝。この2人は再度この大舞台で激突する。粘る伊達に、試合は日没順延となり二日目に持ち越し。当時ウィンブルドンを独占放送していたNHKが、夜7時のニュースを途中で中断してこの試合の生中継を行ったくらい、この試合は世間の注目を集めた。

僕は今でもこの二つの試合を録画したビデオテープを持っている。もうビデオデッキは無いので見れないのだが、捨てるに捨てれない。当時女子テニスの女王として君臨していたグラフを相手に、日本人でもこれほどまでに戦えるんだ、と見せつけられた感動が今でも忘れられない。

前述のウィンブルドンの試合を経て、伊達は引退の道を選ぶ。その後も魅力的な選手は大勢いたものの、すっかりテニス中継は見なくなってしまった。

それから十年ほどの月日が流れ、伊達が現役復帰。そしてもうひとつ、久しぶりにテニス中継を見たくなる理由が出来た。 男子の錦織圭だ。

きっかけは、昨年暮れに WOWOW で放映された錦織圭の特集番組。
小学生のころからそのずば抜けた才能が注目を集め、若干13才の若さで親元を遠く離れ、日本テニス協会会長さんのファンドのバックアップを受けてアメリカ・フロリダにあるテニスアカデミーへ。当時は英語も分からぬまま知らない人だらけのアメリカでいきなりテニスしながら暮らしていかなければならなかったわけで、偉いなぁ~と感心することしきり。

このアカデミー、あのアガシやセレス、シャラポアを排出した名門中の名門。その努力が昨年2月の国際大会で花開く。当時世界ランキング12位の相手を倒し、若干18才でツアー初優勝。10代でツアー優勝を果たした過去の選手はいづれもその後ランキングトップ10に入っているとのこと。これからが楽しみだ。

WOWOW の番組の中で、テニスバッグの中からなにげにソニーウォークマンを取り出すあたりのご愛敬も(笑)。(現在ソニーは錦織圭のスポンサーについている。) 好きなアーチストは? と尋ねられて、「ミスチル」と答えるあたり、ぐーっと親近感が沸きます。(笑)

3月末からWOWOWのスポンサーで、錦織圭の公式ホームページが立ち上がりました。数日おきのアップデートで、主にアカデミーの日本人トレーニングスタッフが状況を報告してくれる内容ですが、本人が直にコメントすることも。

肘の治療のために4月は一切テニスは行わず、トレーニングとリハビリだけに専念しているとの事。3月末には昨年のプロテニスツアーの新人賞に選ばれたそうです。ぜひ5月の全仏オープンには復帰して欲しいなあ、と思います。日本からの多くの期待でプレッシャーがかかりまくりだと思いますが、プロのスポーツマンである以上、プレッシャーと共に生きてゆかねばならないのは避けられません。幸か不幸か、その期待の高まる日本に帰国する機会はそんなに無いと思うので、遠く離れたアメリカの地でのびのびと思いっきりプレーし続けて欲しいと願ってやみません。

|

« 手塚治虫 on iPhone | Main | ついにプラハへ出発! »