« February 2011 | Main | April 2011 »

March 2011

2011.03.23

フォロロマーノ

今の日本でいうと『霞ヶ関』、1200年続いたローマ帝国時代の政治、経済の中枢だった場所で、権力者の住居、民会、裁判所、宗教儀式、神殿、凱旋門などがぎっしり集まっている。いったん入場するとその敷地面積は広大で、いたるところに巨大なローマ時代当時の遺跡が目白押し。遺跡や歴史の好きな人は一日中いてもあきないかも。

470年頃にローマ帝国の繁栄が途絶えると、その後は牧草地となって荒れ果て、ここから建築資材が次々と持ち出されて、なんと19世紀に発掘されるまで、ここがローマ帝国の中心地だった事は忘れ去られていたのだそうです。これだけの遺構の数々が1000年以上もの間、歴史の闇に葬られていたなんて驚きですね。

僕は裏手側、コロッセオ側のパラティーノの丘のあたりから入場しましたが、天気がよくて芝生のいたるところにタンポポが咲いて、巨大遺跡の中で不思議なピクニック気分、大変リラックスできて気持ちよかった〜!


Dsc_0096


Dsc_0109


Dsc_0117


Dsc_0129


Dsc_0005_2


Dsc_0167


Dsc_0189


Dsc_0220


Dsc_0229

コロッセオ

入口を入ると、見学コースはまず階段を上って2回のテラスへ行き、そこで初めてコロッセオの内側の全景が目の前に広がります。

入場する前から外面でその大きさは分かっているはずなのに、だれもが改めてその巨大さに驚きの声を漏らしてしまいます。それほどでかい。

今でこそボロボロの遺構ですが、現役当時は外面を全て大理石で覆われ、彫刻で飾られ、内側も4階建ての観客席があり、5万人ほどを収容出来たのだそうです。こえが紀元72年に着工したというのだから、当時のローマ人の設計、建築技術の高さには驚くしかありません。

映画『グラディエイター』であったように、猛獣や剣闘士が地下から地面へエレベーターのような仕掛けで登場する装置は本当に実在していました。それにしても、さすがに武力で領土を拡大して帝国を築いた人たち、昔の人は残酷というか、たくましいというか、そうでないと生きていけない時代だったんですね。

300年以上、国民の娯楽としてそのような殺し合いのエンターテイメントが続き、440年頃に大地震でかなりの損傷を受けたらしく、その後は建築資材としてコロッセオ自体を切り崩して多くが持ち去られてしまったらしく、サンピエトロ大聖堂の一部にもコロッセオの石材、大理石などが使われているんだそうです。リサイクル上手というか、歴史的価値のあるものを大事にしないというか。。

ここの入口もよほど朝早くいかないとなが~い行列が出来て時間がもったいないので、ROMAパスか、Archaeologia Card を持っていると並ばずにすんなりと入場出来て便利です。

ROMAパスは町中のいたるところで購入できますが、Archaeologia Card は街の中ではその存在すら知られておらず、対象と鳴っている史跡の入口で購入出来ます。僕はカラカラ浴場の入口で購入しました。

ROMAパス、もしくは、Archaeologia Card + ROMA metrebus ticket(ローマ市内公共交通機関乗り放題パス)の組み合わせは、個人で観光地、史跡を見て回る時にはあると非常に便利なので必需品です!


Dsc_0022


Dsc_0034


Dsc_0048


Dsc_0057


Dsc_0073

スペイン広場

ここもローママラソンの終盤のコースで通りました。(かなり疲れてたのであんまり覚えてなかったりして。)

『ローマの休日』で髪をバッサリ切ったヘップバーンがここでジェラードを食べていて、グレゴリーペックと再開する通称スペイン階段がある場所です。

レース前後の数日間だけ、訳あってこの階段の上にあるホテルに泊まってましたが、とにかくこの辺りの賑わいぶりはすごいです。このスペイン階段も、週末になると階段に座ってる人でぎっしり。きっとみんな気分はヘップバーンとグレゴリーペックなんだろーな(笑)。この広場から高級ブティック店が立ち並ぶストリートが延びていて、それも混雑するもうひとつの理由かも。

魚がひっくり返ったように見える噴水の水はふつーに飲めるそうです。

この階段の真下に地下鉄の駅があります。改札を出てこの広場の方向にしばらく歩くと、階段の上へのエレベーターがあるのですが、これがもうちょっとのところで完全に階段の上に行ってくれないので、荷物を持った旅行者は大変。ちなみに、ローマ市内の地下鉄の駅はエレベーターやエスカレーターなどがなく、階段のみの場合が多々あります。荷物の多い旅行者や高齢の方、ハンディキャップのある方にはかなりつらいです。


Dsc_0004


Dsc_0003


Dsc_0008

トレビの泉

先日のローママラソンのコースでも通った、かの有名なトレビの泉。映画『ローマの休日』の中でも、ヘップバーンが髪を短く切っている間にグレゴリーペックがどうしても写真をとりたくて、トレビの泉で子供のカメラを無理やり借りようとしていた場面で登場しました。

広々とした広場の一部にあるのかな、と想像していたのですが、建物が密集している街の中のせまい一角にあるのが意外な感じ。

でも水がとてもきれい。(ガイドブックによると飲めるらしい。)で、さらに意外だったのが、『後ろ向きにコインを投げるとまたローマに戻って来ることができる』と言われているのですが、コインを投げている人はほとんどいなくて、泉の中もコインで一杯かと思ったらそうじゃないんですね。

泉ばかりに目がいきそうですが、その上の彫刻が素晴らしいです!


Dsc_0234


Dsc_0235

2011.03.22

カラカラ浴場

もっと小さな遺跡かと思っていたら大違い、あまりのスケールのでかさにただただびっくりするばかり。

15dsc_0275

とにかくでかい。写真をみると、インカ帝国かどこかの要塞跡かと思ってしまいますが、これがローマ帝国の『スーパー銭湯』だというからまた驚き。しかも造られたのは 216年ころ。 しかも、この建物は今風にいうと浴場施設を中心とした『複合娯楽施設』でして、ジムやサウナ、図書館、屋外プールなどもあったというからさらに驚き。こんな暮らしが1000年近くも続いていたわけで、当時の暮らしも今の暮らしも、そして世の中も、実はあんまり変わらなかったんじゃないの?と思えてきます。


16dsc_0281

おそらく床に使われていた模様入りのタイルも出土しています。


17dsc_0297

屋外プールのあった場所に置かれた当時の想像図。この当時の上流階級の人たちって、ヘタすると現代の人々よりいい生活をしてたのかも。


18dsc00097

建物の当時の正面玄関付近。あまりのでかさに、パノラマモードにしても建物が写真に収まりきれません。2000年も前の時代で、たかが『銭湯』のためにここまでするか〜?? と思うほどの桁違いのものすごさ。ローマ帝国おそるべし。 現在ではこの場所、夏の野外コンサートなどにも利用されているそうです。

おしまい。

真実の口

映画『ローマの休日』でオードリーヘップバーンとグレゴリーペックが訪れて手を差し入れた事で有名になった『真実の口』。今でもそのオリジナルが残っているんですね。


13dsc_0230

サンピエトロ大聖堂からテベレ川沿いに30分ほどてくてく歩いてゆきます。後ろに見えるのはジュリアロバーツの最近の映画でも登場したサンタンジェロ城。一週間ほど前に大雨による災害があったらしく、その影響で川の水が濁ってます。


14dsc_0237

赤いレンガ造りの教会が街角にひっそりと建っていて、その教会の入口横、歩道からも見える場所に置かれていました。おもったより大きい。(直径2メートルくらい?) 石で出来ているのかと思ってましたが、白いつるつるの材質のもので、観光客がみな口に手を入れるので特に口のまわりはピカピカ。もともとは古代の井戸か、下水口のふただったそうです。(それにしてはでかい。)


サンピエトロ大聖堂

『大聖堂』マニアの僕がローマで一番楽しみにしていたのはもちろん、このサンピエトロ大聖堂。なんと大聖堂への入場は無料! でも入場する前に持ち物のX線検査があるので、その順番待ちで日中はものすごい行列になります。大聖堂は朝7時、展望台は8時からなので、早起きして空いているうちに訪れるのがコツです。

1dsc_0223

大聖堂に入る前に、先にドーム『クーポラ』の上部にある展望台へ登ってみます。展望台へは全て階段で上る人は 5ユーロ、ドームの形状の根本になるテラス部分までエレベーターで行く場合は 7ユーロの有料となります。(いづれの場合も、最後のクーポラを登る部分は階段を自力で上ります。)


3dsc_0045

エレベーターを降りると、目の前にどでかいクーポラが出現。でかい。。


4dsc_0055

クーポラ(ドーム部分)の中の階段を上っているところ。ドームの中なので、階段の側面の壁が弓なりに曲がっていて歩きにくい〜。左側が屋根、右側がクーポラの内側ですね。


5dsc_0056

最後はロープ付きのかなりこわい螺旋階段をよじ登って、ようやく到着しました展望台。(息がきれてます!)サンピエトロ広場がこんなふうに見えます。高所恐怖症の僕もあまりの景色の良さにしばしうっとり。


Dsc_0066

やっぱり高いところは怖いので、そそくさと降りてきました。ここは先ほどのテラス。大聖堂入り口のはるか上部にいらっしゃるキリストと聖人たちの像です。近くで見るとでかい。5メートルくらいあるのでは? こんな大きな彫刻を昔の人はどーやってこんな高いところまで持ってきたのでしょう?? 昔の人ってほんとすごい。


6dsc_0070

テラスから地上へはゆるい螺旋状の階段(スロープ)を降りてゆきます。途中、壁に歴代教皇の名前のプレートがずっと続きます。


7dsc_0074_2

そしてついに、こちらがサンピエトロ大聖堂の中でございます。建物の面積も広いのですが、天井がすこぶる高く、その建築物、内装、空間の広さの全てが不思議なアンサンブルを奏でて、見る者に圧倒的な迫力で迫ってきます。よくもまあ、こんなものすごい建築物を昔の人は考えだして、そして実際に作っちゃったものだと、驚きのため息の連続。まさに世界遺産、まさにキリスト教カトリックの世界の総本山だけのことはあります。


8dsc_0192

入口の右手奥のガラス張りの中に、ミケランジェロが若干23才の時の作品、最高傑作と評価される『ピエタ像』の本物が展示されています。大理石で造られているとは思えないほどの繊細でやさしい曲線です。


9dsc_0123

クーポラの真下の教皇の祭壇を覆うように立つ、ベルニーニ作のブロンズの大天蓋。


10dsc_0137

クーポラの頂点部分を見上げたところ。こんな高いところの内装って、どうやって描いてたんでしょう? 下におちたら死んじゃうよね。


11dsc_0134

大天蓋の上部にいる天使像。


12dsc_0214

ため息を100回くらいついて、ようやく大聖堂の外に出てきました。展望台からの写真にもありましたが、大聖堂の真ん前にはベルニーニの弟子たちが作成した聖人像にぐるっと囲まれた広場があります。小説『天使と悪魔』でも出てきた場所ですね。

おしまい。

2011.03.21

速報!ローママラソン完走記

昨日石巻市で9日ぶりにおばあさんとお孫さんが一緒に救出されたそうですね。朝日新聞のホームページで記事を読んでいて、涙が出ました。でも、津波で流され倒壊している家々の中に、まだ今でもこうして生存者がいると思うとなんともつらい気持ちになります。上記のご家族のお父さんも、携帯のメールで家の中でまだ生きている事は分かっていたけれど、流された家がどこにあるかが分からなかった、と行っていました。救助される事は奇跡なのかもしれないけど、その奇跡がひとつでも多く起こることを祈らずにいられません。

日本出発前のエントリーで書いたとおり、昨日のローママラソンは『我々はぜったい震災に負けない。』と日の丸と一緒に描いたゼッケンを背中につけて走りました。レース中、一緒に走っているランナーの大勢の方が声をかけてくれたり、手でサインを送ってくれたりしました。やはり今回の津波による災害、そして福島の原発の放射能漏れの件は、世界の人がテレビで見てしっており、心配してくれています。こちら地元イタリアのテレビのニュースでも、日本の震災か、フランスがリビアを攻撃し始めた件のいづれかです。また、イタリアのテレビでも日本の震災への募金を募ってくれています。

東北地方で被害に遭われた方々がこのブログをご覧にはなっていないと思いますが、世界中の人たちが心配して想いを寄せてくれています。すでに十分生きるためにがんばっているみなさんへこれ以上『がんばってください』とは言えませんが、昨日のレース中に僕が世界中からのランナーから受けた想いを、みなさんに伝えます。一人でもご無事で生存できますように。

さて、後は写真でざっとレースの様子を振り返ろうと思います。


Dsc00048

レース当日の朝です。混雑をさける為に早めにホテルを出発しました。今いるホテルはなんと、あのスペイン階段の上の高台にあります。そこからの景色です。右手奥に見えるドームがサンピエトロ大聖堂。朝日を浴びて神々しく輝いています。


Dsc00049

大会会場最寄り駅の地下鉄出口。既にまわりはランナーばっかり。このみんなが背負っている青いアシックスのバックパックが、荷物預け用の公式バッグ。


Dsc00050

スタート会場の周辺はもう古代の遺跡だらけ。こちらはクラウディオの神殿跡(ネロの庭園)。巨大な遺構です。


Dsc00059

そして正面に見えるのはコンスタンティヌスの凱旋門。その左側に見える青いバルーンのゲートは、『最後の1キロ』。レースではここが41キロ地点になります。


Dsc00065

じゃ〜ん、ついに出ました!これがコロッセオ。周囲の遺跡や地形に隠れているため、突然目の前に姿を現します。僕はまだ観光でここを訪れていなかったので、この時初めて見ました。やはりデカい。そして思ったよりもきれいな感じ。(もっとボロボロの崩れそうな石で出来ているのかと思ってた。)


Dsc00071

スタートラインに並んでから1時間ほど待ちました。スタート前は曇りで結構気温が低かったのでちょっとつらかったです。はやり日中との気温差が大きいです。(レース中は晴れて17℃位まで上がったと思います。)寒い中をずっと待たされた事もあって、スタート時間が近づいてアナウンスが始まるとランナー達はみんなうれしさで狂乱状態。


Dsc00072

後ろを振り返るとこんなかんじ。コロッセオが見えます。バルーンは15分おきに設定されたペースメーカーのしるし。


Dsc00074

はい、レースが始まりました。こちらは 17キロ付近、サンピエトロ大聖堂の真ん前を走り抜ける場面です。クリスチャンではない僕もここは感動ひとしお。このレースはまさに、ローマ市内一日観光レース、の趣。映画『ローマの休日』で、ヘップバーンがグレゴリーペックとスクーターに乗って市内を走り回ったような場所をつぎつぎとつないで走ります。


Dsc00054

ローマは石畳の道が多いです。それはレースのコースでも同様。あたりまえだけど、『石畳』って、ほんとに『石』なんですね〜。ひとつひとつをよーく見ると、石を四角い立方体に形を整えて、それを敷き詰めているんですね。これってすごくないですか、このひとつひとつの石の形を整える労力とか。でも、ことランニングに関して言えば、石畳の道は走りづらいこと、このうえなし。


Dsc00075

レースも終盤、39キロ付近でかの有名な『トレビの泉』の横を走り抜けます。ここ、広場というか、すごく狭いところで普段から人がすごくて人口密度かなり高いところに今日のマラソンなので、もうそこかしこ、人、人、また人、って感じでした。


Dsc00076

さきほどの『最後の1キロ』ゲートを抜けると、目の前はコロッセオ。でもそう簡単にゴールさせてはくれません。最後にこのコロッセオをぐるっと一周するのですが、なんとコロッセオの後ろ側ってちょっと丘になっていまして、最後の最後に坂道をのぼらなくちゃならないんです。しかもコロッセオ自体が結構でかいので、かなりつらいです。コロッセオを回り終わったところで 42キロのサイン。 あと200メートル!! 目の前にゴールゲートが見えて最後のダッシュ!と言いたいところですが、もう足が痙攣起きないようにそーっと走るのが精一杯(笑)。でもゲートをくぐる時はもちろん、世界一のガッツポーズだ!! という事でここがゴール地点。背後にドカベンのお弁当箱のようなコロッセオがでんっと居座っています。

ということで、レースが終わりました。
途中はずっとごくふつーの街並みを走りますが、レースの前半と終盤はこれでもか、というくらいの名所旧跡巡りの旅で、特にローマに到着してまだ観光をあまり済ませていないランナーにはうれしいコースどりとなっております。

そしてローマにかぎらず、海外の国際レースってやっぱり素晴らしい。一緒に走るランナーや、沿道の観衆とのふれあいがあって、ゴールに近づくにつれて身体はどんどん崩壊していくけれど、心はどんどん温かくなっていく、そんな感じをいつも受けます。今回も、このレースを走る事が出来てほんとに良かった。一生の思い出となりました。

メダルもらっちゃいました!

何年も走る事を憧れてきたローママラソンが昨日、終わっちゃいました。

結果は4時間30分もかかってしまいぜんぜんでしたが、内容的にはこれまでたくさん練習してきたものが最後の苦しいところで助けてくれたかんじで、十二分にがんばれたので非常に満足です!!

20キロ付近から足が何度も痙攣してしまい、ごまかしながら走っていましたが、ラスト1.5キロほどのところでついに左足の痙攣がおさまらなくなってしまい、もはやここまでかな〜、とも思いましたが、40キロも走ってきてあと 1.5キロでリタイヤするのもいやなので、そこで5分ほど休憩。足の痙攣が少しおさまったところで、『今のうちじゃっ!』とゴールを目指しました。

完走メダルをもらわずに日本には帰れないっ! との意地でもらったメダルがこの写真のものです。フィニッシュラインを超えてこのメダルを首にかけてもらい、あまりのうれしさにメダルを顔にすりすりしました。

おつかれちゃんでした!

Dsc00081


2011.03.19

バチカン美術館

昨日の冷たい雨から打って変わって、今日は快晴、気温もジャケットが必要ないくらいのぽかぽか。(でも地元の人はみんな寒そうな格好のまま。なぜ?)

今日は一日でバチカンを制覇しようと、早起きして出発。バチカン美術館を先に見たところまではよかったものの、サンピエトロ修道院に入ろうと思ったら、入場を待つ人々の列がすごい。(修道院の前のサンピエトロ広場をぐるっと一周するほど。)ということで、サンピエトロ修道院は明日の朝一にまた出直すことにしました。

バチカン美術館の入場待ちの列もすごかったです。朝8時に到着した時点ですでに数十メートル。でも、ボクはオンライン予約をしていったのですぐに入場出来ました。3時間半ほどかかって見終わり、外に出てくると、入場を待つ列がさらに1キロくらいに伸びてました! さすが世界的観光地、混み具合もハンパじゃありません。

システィーナ礼拝堂のミケランジェロの大作、『最後の審判』。ついにほんものを生で見てきました。システィーナ礼拝堂はカメラ撮影禁止が禁止されているので写真はとれませんでしたが、どれだけ見ていても飽きることなく、時間のたつのを忘れさせました。とにかくデカい。あの壁画といい、天井画といい、いったいどーやって描いたの?と不思議でなりません。

午後はマラソンビレッジに行って、受付を済ませてきました。エキスポ会場で、日本からの人たちとおぼしきグループを見かけました。レース中に会えるかな。


Dsc_0011

朝、早めにホテルを出発。てくてくとバチカン方面へ向かうこと約30分。おおっ、あれは、サンタンジェロ城では!? この瞬間、かなり感動してました!


Dsc_0018

朝日に輝くサンタンジェロ城。橋の欄干に立つ天使像たち。プラハのカレル橋を思い出します。映画『ローマの休日』の終盤で、水上ダンスパーティに行く場面がありますが、あれはこの橋の手前のたもと。現在は下に降りていく階段は閉鎖されており、下の川面にも何もありませんでした。


Dsc_0020

サンタンジェロ橋から左手を見ると、おおーっ、あそこに見えるドームはサンピエトロ修道院!! ついに来ました!


Dsc_0027

サンピエトロ修道院でございます! 残念ながら本日はあまりの混雑で中に入れず。

Dsc_0030

サンピエトロ広場をぐるっと円形にとりまく回廊の上の聖人像。


Dsc_0179

こちらがバチカン美術館の入口(正確に言うと、写真に写っているのは出口。入口はこの写真の左手奥。)なぜか美術館の入口は城壁をぐるっと右手に回った側面にあるので、サンピエトロ修道院からは10分くらい歩きます。それにしてもここ、入場者で大混雑。


Dsc00009

入口で、オーディオガイドのレンタルがあります。10カ国語くらいあって、日本語もあるのでレンタルしました。7ユーロです。美術館内の作品のよこに数字が書いてあって、その数字を打ち込むとガイドが始まるのでこの青い端末を自分の耳につけて説明を聞きます。レンタル時に、人質(モノ質)としてパスポートを渡します。これは最後の出口手前、左側にある返却口で端末を返すとパスポートを返してくれますので忘れずに受け取りましょう。


Dsc_0086

さすがバチカンはお金持ち。美術館の保有美術品の数がハンパじゃありません。こちらは有名なラオコーン像。レース後に訪問予定のフォロロマーノで発掘されたんだそうです。地面からこんな彫刻像が出てくるなんて、さすがローマ。

Dsc_0119

びっくりしっぱなしのバチカン美術館。やっぱり一番インパクトあったのはこの『地図の間』。あまりのすごさにクリスチャンではないボクもしばし感動。バチカン恐るべし。

2011.03.18

ローマとうちゃくっ

長旅の末、30分程前によーやくローマのホテルに到着しました。
ホテルの立地がばつぐんなので、明日からの観光が非常に楽しみ。

今、日本は金曜の朝8時20分、ローマは金曜のになったばっかりの深夜 0時20分、これからさくっと寝て早起きして、明日はいきなりクライマックス、今回一番楽しみにしているバチカンに行ってきます。これでもか、という位に写真とりまくってきますので、明日の今頃のアップロードをお楽しみにっ!!

ミュンヘンなう。

成田から12時間30分、ドイツのミュンヘンまでやってきました! ローマまではここからもうひとつフライトを乗り継いで、あと1時間30分です。いよいよ。

ここまでのフライトはクラスC(ビジネスクラス)で、しかもガラガラだったので12時間もあっという間でした! 客が少ないものだから、CA のお姉さんたちがしょっちゅうやってきてお世話をしてくれます。 暗闇の中でライトを手元の読書灯をつけて、一夜漬けでローマの予習をしてました。(おかげでもうだいぶくわしくなりました!)通路を通りかかったベテランとおぼしきCAさんが、『あら、これからローマに行かれるんですか?』と声を掛けてきた。どうやら彼女もローマ大好きで既に数回訪問経験アリで、ガイドブックにのっていないような事もいろいろと教えてくれました。(ありがと〜!)

『ところでローマに何しに行くんですか?』という話題になり、日曜日のローママラソンを走ること、地震の被災者をはげますお手製ゼッケンを作ってきて、それをつけて走る事などなどを話すと、なんだかすっかり共感して頂けたみたくて、その後もビジネスクラスの他のCAさん達がボクのところにやってきていろいろ激励の声をかけてくれました!(中にはご本人がランナーの方もいたりして。)皆さん、ありがと−。

最後、ミュンヘン空港に着陸する時になって、チーフCA らしい女性がやって来て、『これ、ほんとはお子様用に差し上げるものなんですけど、私達の思いを込めました。ぜひ本番で腕に付けて走って下さい』と言って、下の写真にある、ぴかちゅーのリストバンドをくれました。

写真では見えないかもしれませんが、

『めざせ完走!!!日本代表!!FIGHT! 2011.3.17』

とマジックで書いてくれています。有り難うございます! お気持ちがとても嬉しかったです。レース本番ではこれをつけて、みなさんの想いも一緒に 42キロを走ります!!

自宅で PSP にコピーしておいた 映画『ローマの休日』を機内で観ました。 今までも何回も観たことあるのに、さすがにローマの予習かんぺき状態で観ると、その撮影しているところがどの街のどの辺りか、だいたい分かっちゃうところがちょっと嬉しかったり。 それにしてもこの時のオードリー、ほんとカワユいですよね〜。 何度観ても最後の記者会見のシーンは泣けます。

いよいよ長年あこがれ続けてきた永遠の都、ローマまであと少し。

Dsc00007_4

2011.03.15

日本は負けない!

なが~いあいだずっとずっと楽しみにしてきたローマ遠征がいよいよ明後日になりました。

半年程前に自力でエントリー(今までの他の大会より結構めんどくさかった)をして、フライト、ホテルの予約もぜ~んぶ自分で済ませて、ただただひたすら楽しみにしてきたのに。。

東北関東大震災の被害の様子をテレビで見て、想像をはるかに超える無惨さに、精神的ショック状態でポロポロ涙は出ちゃうし、気持ちがなんだかくよくよして、ローマに行くのやめにしよーか、とここ数日考えた。

でも、さらに考えた。

ちっぽけな存在のぼくがくよくよしながら鎌倉と東京との通勤の毎日を送っていて、一体なんの役にたつんだろう。

そこで思った。

次の2つを実行する事を条件に、こんな日本にとって大事な時だけれど、堂々とローマへ出掛けてこようと。

まずひとつ。
Yahoo Japan のウェブサイトで行っている、クレジットカードでも出来る義援金の寄付をする。

もうひとつ。
日本は地震の被害なんかには負けない、というメッセージのゼッケンを作って、それをTシャツに付けて走る。

ということでまた作りました、手作りゼッケン。「我々はゼッタイ震災を乗り越えてみせる!」の英文のメッセージを日の丸と一緒に書きました。これを先日のゼッケンと一緒に付けて走ってきます。

新たに原発の放射能漏れの問題が浮上して心配は尽きませんが、たぶん生涯で一度きりのローマを見て、走って、食べて来ようと思います。

どうか震災の被害がこれ以上広がりませんように!

1300192798416.jpg

2011.03.08

ゼッケンを作ったぞ!

今年一番のメインイベント、ローママラソンまで2週間を切り、出発まではあと10日ほどとなりました。

まるでクリスマスを一週間後に控えたお子ちゃまのようで、通勤の途中でも、仕事中もうきうきわくわく。心は一足お先にローマ入り。ガイドブックの予習もばっちし。

あんまり楽しみなので、恒例の名前と国境入り、お手製のゼッケンを今回も作って見ました。

たしかベルリンマラソンでこれをやった時に懲りて「特に国旗を書くのはもうしません」とか言ったハズなのに、やっぱ海外のレースではこれがあった方が楽しいんですよね!

現地在住邦人の皆さんが応援してくれたり、一緒に走っているランナーが話しかけてきてくれたり。沿道で応援してる人が名前を呼んでくれるし。

背中に付けるゼッケンには、今大会のキャッチフレーズの「すべての道はローマに通ず」を日本語と英語で入れてみました。欧米の人達には日本語の文字ってスゴく珍しがられるんですよね。

という事で、今回はこれを前面と背中に付けて走っちゃおうと思います!

現地在住の方、ボクを見付けたらぜひ応援してくださ~い!!


1299580339466.jpg

« February 2011 | Main | April 2011 »